
2002/04/26アップ
「法廷」とナショナル・メディアの沈黙
──NHK・ETV2001問題の背後にあるものを考える──
吉見俊哉(WWW.NWT 2002.01.30集会での資料)
1 改変・改竄の段階的過程
- 2000.8~9 NEP21,NHK教養番組部からDJに女性国際戦犯法廷を主題に番組制作の提案
- 2000.10.05 NHK教養部4回シリーズの番組制作を決定
- 2000.12.8~12 女性国際戦犯法廷の開催
- 2000.12.27 第2回、第3回のスタジオ収録
- 2001.01.13 第2夜、第3夜、この時点までにほぼ完成(DJレベル)
- 2001.01.19 第2夜について吉岡教養番組部長の試写(→NHK側の態度一変)
- 2001.01.21~24 第2夜について教養部+DJレベルの改変(NHKからDJへの「要求」):「天皇有罪」の審理結果シーンのナレーション化/松井やよりのインタビューの削除
- 2001.01.25~29 第2夜、第3夜完全納品版から修正台本版への追撮・改変(NHK教養部)
- 2001.01.29~30 修正台本版から放映版への改竄(海老沢会長+松尾放送総局長の「業務命令」)
- 番組の企画は、DJよりもNHK側から提案されたもので、制作過程にはNHK側が直接、深く関与していた。(「DJから納品された番組を見てNHK側が驚き、修正した」という説明の嘘)
- NHK側の姿勢は1月19日の吉岡部長試写を境に一変しており、改変・改竄は大きくは2段階、細かくは3段階以上にわたって行われた。
- 最初の介入が、「天皇有罪」の場面と松井インタビューから始まっていることは象徴的で、まさに番組が描こうとした核心部分がNHK上層部の意向と衝突している。
- 決定的な改竄は、制作責任者の永田CPレベルでの妥協の試みも無にして、放映前夜・当日に(海老沢会長→)松尾放送総局長によって「業務命令」としてなされた。
2 何が、どう消されたのか
- (1)「被告=加害者」(日本軍兵士、日本国家、昭和天皇)の消去
- ・番組タイトル:「問われる日本軍の戦時性暴力」→「問われる戦時性暴力」
- ・法廷での加害日本軍兵士の証言の削除
- ・法延の判決が「日本国家と昭和天皇の責任を認定」した部分の映像の消去
- ・海外報道の紹介でも「判決」に触れない部分のみが選ばれていたこと
- ・スタジオ発言でも、「昭和天皇」や「日本軍」の責任に言及した部分が悉く削除(米山発言)
- (2)「主催者=市民連動」(バウネット、フェミニズム)の消去
- ・オープニングで放映されるはずだった法廷の映像の抹消
- ・この法廷が「模擬法廷」ではなく、市民の力が国際法にも影響を与える90年代以降の世界的な流れの一部であることなどの言及が消されたこと
- ・主催者のバウネット(松井やよりのインタビューや姿)の消去
- (3)「法延」の「疑似性」の強調
- ・秦郁彦のインタビューの挿入:既存の日本国内での裁判に照らして今回の法廷が「裁判」の要件を充たしていないことを強調→「法廷」であること自体を否定
- ・町永アナの追撮:「これは法廷と言いましてもあくまで民間のものでありますから、法的拘束力はないこと、さらに被害者の証言については、そのすべてを必ずしも確認できないことなど様々な争点、問題点のあることは事実」という発言→「法廷」という状況の定義を疑間視
- ⇒改竄に過程、放映されたフィルムはきわめて粗雑なものだが、修正・削除された箇所がどこであるかに関しては、きわめて明瞭な一貫性があり、徹底している。
- 放映された番組は、女性国際戦犯法廷を取り上げながらも、この法廷が誰によって催され、誰を告発したものであったのかが全くわからない仕上がりとなった。
- 全体として番組改竄は、取り上げた「法廷」が、実は「本当の法廷」ではなかったのだというような、番組の前提を否定するニュアンスを含むことになった。
- 結果として、元従軍慰安婦の女性たちの客体化、ないしは戦時性暴力の被害者一般への横並び的な対象化が生じた(告発の主体→観察の対象)。
3 何が問われるべきなのか
- (1)抑圧の4つの次元:
- (1)NHK⇔視聴者:「知る権利」の侵害(メキキネット)→(3)
- (2)NHK⇔法廷主催者:「信頼・期待利益」の侵害(バウネット)
- (3)NHK/NEP⇔制作プロダクション:責任の転嫁(←知的搾取)
- (4)NHK経営者⇔番組制作者:内部的自由の圧殺→(2)
問題の構造:(4)→(3)→(2)→(1)(現状では、(1)十(2)/(3)十(4)で間いが切断されている)
- (2)メディアの内部的自由と「編集権」という権力
- (石川明「番組制作者の自由と責任」『関西学院大学社会学部紀要』80号、1998年、pp.23−34)
- 「編集権」←新聞の編集権確保に関する声明」(日本新聞協会、1948年3月16日)
- :編集に関わるすべての業務への絶対的・広範な権限の経営者(所有権)への帰属
- ←GHQにおける共産主義排除への政策転換:新聞編集における労働組合の影響の排除
- ←対日占領政策の権威主義的性格(天皇制=冷戦体制の抱擁→メディア企業への抑圧委譲)
- ⇒新聞における「編集権」の公共放送への転用(NHK法規室、解説書、1970年)
「この権限は、会長の業務執行権限の中枢をなし、さらに協会内の業務執行権限体系により、指揮監督の編み目により放送業務管理の末端にまで及んでいる。したがって、単位番組の企画から個別番組の制作・送出にいたる編集・放送はすべて就業規則による業務遂行上の義務であって、編集に参画する権利が一般職員に与えられるものではない」
- →経営者による番組改竄の「業務命令」を法的に正当化(番組制作者の無権利状態)
- ⇔内部的放送(プレス)の自由−企業内部の記者・番組制作者の経営者からの自由
- ←ドイヅでの「編集綱領」運動(1960年代末〜70年代):記者・番組制作者が編集過程での決定権への参加を定めた協約(編集綱領)を経営者との間で締結(代表権/編集者代表会、聴聞及び情報収集権、理由開示請求権、公表権、拒否権の要求)
- →80年代における制度化:(1)番組編集の自立性、(2)信条の自由の保護、(3)情報公開の原則「いかなる番組制作者も、そのジャーナリストとしての任務を果たす場合に、自らの信条に反して行動することを強制されてはならない」/「他の番組制作者の作品に責任を負う者は、意見を変更するような介入をしてはならない。作品が、法律上ないしは実際上の理由から、短縮されたり、変更されたりする場合は、その決定理由を説明しなければならない」/……
- (3)全国メディアの沈黙⇔海外メディア+地方メディアの報道
- ・量的な差:取材の規模、記事の頻度、記事の大きさ(「大半の日本人にとっては55年前と同じく、『裁判』などなかったかのような報道」英国・ガーディアン紙)
- ・質的な差:
- 海外メディア→「天皇裕仁有罪の判決」(見出し)=加害者への焦点化
- 全国メディア(朝日を除く)→「慰安婦制度は国際法違反」=被害者への焦点化
- 海外 開延時(8~10日):57/194(29%) 判決時(12~14日):80/194(41%)
- 国内 開廷時(同):49/122(40%) 判決時(同):48/122(39%)
- ・国内報道の4類型:
- 加害者追求型:加害者としての「日本軍」「天皇」の責任を明示
- 被害者救済型:加害者を曖昧にしつつ「慰安婦制度」の犯罪性に焦点
- 「法廷」批判型:「法廷」の意義を否定する立場からの言及
- 「法廷」黙殺型:「法廷」の存在を黙殺(読売など全国紙←問題!)
- 読売:1992年12月9日「従軍慰安帰国際公聴会」→写真人り3段記事(朝日は9段)→今回は黙殺:
- (1)昭和天皇の責任の正面からの追及に対する警戒?
- (2)メディア企業の保守化・管理体制の強化⇔市場への適応・情報産業化
- ・「番組」が成立する場所:
- 0.5/99.5%のオーディエンス、
- ローカル・メディアからの回路
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